2012年12月2日日曜日

映画と本

 最近、本から作られた映画のことが面白いなと思いています。授業でキッチンや鍵の映画の短い部分を見ましたが、それらは完璧に本に似ていると思いましたか。それとも、たくさんの所が違うと思ったのですか。あるいは、本から作られた映画は本にそっくり似ているべきなのですか。それより俳優と映画監督の解釈の方がいいのですか。本から作られた映画を見るといつもこの質問を自分に聞きます。普通で映画を見る前に本を読んで好きだったら、映画より本の方が好きです。一つのことさえ違うと怒ってしまいます。しかし、最初に映画を見てから本を読むと、時々両方が同じぐらい好きです。けっきょく本の方が好きですね。皆さん、どう思いますか。

レベッカ・ガブリエル

日本の不思議の国のアリスの話


 私が最近気づいたことは漫画の「不思議の国のアリス」の影響が大きいことです。「不思議の国のアリス」からアイデアのキャラクターを取った漫画がずいぶん多いです。「不思議の国のアリス」の話と同じわけではないですが、基本的なコンセプトを使って、話を書いた漫画も多いです。例えば、全部を読まなかったですが、CLAMPの「不思議の国の美幸ちゃん」や「パンドラハーツ」や「ありす19th」や「不思議の国の少年アリス」の漫画は絶対に「不思議の国のアリス」に影響されました。時々漫画で一つのチャプターは「不思議の国のアリス」に影響されました。例えば、ある「桜蘭高校ホスト部」のチャブターで主人公のハルヒは夢の中でアリスと同じように不思議の国に行って、「桜蘭高校ホスト部」のキャラクターたちは「不思議の国のアリス」のキャラクターになります。どうして日本でそんなに人気があるかは不思議だと思います。

レベッカ・ガブリエル

川上博美の「鼹鼠」

今学期勉強した作品の中で私の一番好きなのは多分川上博美の「鼹鼠」です。最初に読んだ時のびっくりするような感じが確かにいい文学のひとつの証だと思います。普通だから、実にモグラだった主人公を人間だと思って、急に飼っている人間の話をして本当に驚きました。最初にあんなに面白くなくみたいな話が一瞬に興味深くなりました。それから読むとなんだか不安な感じがあって、話のすべてがちょっと怖いだと思いました。変かもしれないけど、私はそういう話が一番好きです。不安と恐怖(まぁ、恐怖と言うほどじゃなかったけど)を感じさせることのことをありふれることより深く考えているでしょう。そうではなくても、モグラの話みたいにびっくりする話を忘れるはずがないでしょう。私ならそれがすごく面白いと思います。それに、町の人の落ち込んでいる気持ちを思えば、自分がそういう風に落ち込まないようにいつもよりがんばりたくなります。まぁ、今学期がすぐに終わるから多分大丈夫だけどね。

アンバーサイツ

私にとって大切な話


なぜか分かりませんけど、この学期にずっと村上春樹の「四月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」の物語が大好きです。メタフォールとか寓意何かもないとあまり難しい漢字を使わないから、読みやすいのが分かります。この文体ははたせるかな、よく論詰をせれます。だけど、もしかしてこの直接的な文体は実直な情緒を見せるだと思います。
「100%の女の子」に村上はあらわに、恋をすることと恋を無くすについて書きます。昔から二人の恋人はお互いすれ違って、何も言わずに歩き続けます。その話を読んだ後、よく「もし私が昔の恋人に出会ったら、何か言うか?」とその恋人の事共について考えます。結局、私の恋人を一度なくなったら、もう二度なくなりたくないから、道に出会ったら、絶対に話してみたいです。  

チェルシー カゼアー

三島由紀夫と桜の事共






全部の勉強した日本人の作家の中で、三島由紀夫は私にとって一番面白いと思います。私は三島の考え方と生活について、色々なことにみとられました。美学を好むのから端を発した彼の若やかの美しさの永遠の愛のことにもっとそそられました。
お坊さんの健康に書かれた「つれずれぐさ」には、飛花落葉のことについて書いてあります。桜の愛好によって実証されているように、日本人にとって無情のようなアイデアはとても大切なことです。デービヅ キーヌによると、桜は本当に素敵なのに、別の花に比べて、桜の方があまり奇麗ではありません。そのその代わりに、この愛好は桜の無情の美しさから端を発します。三日間だけのあと、桜は木から落ちます。もしかして、このような若々しい美しさと非命は三島由紀夫の好みでした。

チェルシー カゼアー

2012年12月1日土曜日

せいしんりょうほうというひともおかねがいります

昨日「ビフォアサンライズ」と言う映画を見た。ロマンス映画はいいね。

漢字は毎日一字ずつわすれているそうだ。パソコンのお陰でまた漢字が見える。

アメリカには一年しかない---そういう考えかたでは友達も音楽も料理も何も出来ない。先週また友達が出来た。いい音が出来た。また性格が変わってしまった。成長だと考えましょ。音楽ウエブサイトにボランティアし始めた。まったく僕の状況には役に立たないことばかりだ。またひとりぼっちになってもどうでもいい。

バンドの名前はバジャーフェダラーにした。可愛い、アナグマとあの有名なテニス選手を一緒にするなんて。

韓国語も毎日言葉一つずつわすれるように。

先週ニールヤングアンドクレージホースの演奏を見た。ニールヤングはカナダからアメリカに来て霊柩車に載ってギーターを引いて歌っていい人生を生きているそうだ。67歳でまだ今日の若者たち大体よりうるさい。まだ生きている間にはそれほどうるさくするのが当然だろう。「それは音楽じゃない!」とか一人のおじさんが大声でしゃべった。しね!僕は子供や彼女なんかいないのに自分の子供とワイフの事で作った曲「ラマダイン」を僕は一生懸命歌った。周りのひとはその曲の歌詞を知らなかったそうだ。ニールヤングのように年を取らなかっても頑張っているおじさんとおばさんとおじいさんとおばあさんたちは。トップ5ぐらいの演奏だった。ニール、フランク、ビリー、ラルフ、有り難う。

仕事仕事しこしこしこしね!

一年か。この一年を本当のばかのように過ごす道しか見えない。二十一年間なにもやってないことを祝うために。

サクフン チャング





千羽鶴


川端康成が書いた小説のなかで千羽鶴はものすごく有名です。この話の 主人公はきくじと言う男の子です。きくじの親が死んでから、きくじは、おたさんと言うお父さんの前の妾と関係を始まります。この関係の恥の生でおたさんは自殺をして、きくじは次おたさんの娘のふみ子と関係を始めます。話の最後にふみ子も自殺をした可能性があります。私にとっては、この話は意義深い意味があります。きくじとふみ子みたいに、時々生命には不可避な苦労があります。この波乱から逃げられないからみんなこの波乱をがんばって乗っ切るべきだと思います。

タンゼン 桜