2012年10月9日火曜日

可愛いお釈迦さん

-->


可愛いお釈迦さんは平和な顔をして果物を食べていた。
「ほほほ。果物はうまい!」
可愛いお釈迦さんは数限りもない命を生きた。死んで蘇って死んで蘇ってそういうとんでもなくくだらない生活を生き続けていた。実はあまり可愛くなかった。というか、シロナガスクジラのように図鑑の中には可愛いけど実は恐くて気持ち悪かった。
お釈迦さんは日本人の命も生きたし、ドイツ人の命も生きたし、アフリカ人とシロナガスクジラのハーフの命さえ生きた。うまいスイカを持ってエベレスト山をオートバイでクリアしたこともある。お釈迦くんの酷い顔を見ると「僕が生きてない国はない〜僕が食べてない果物はない〜」という感じがする。
もちろん数限りもない国の数限りもない本を読んで訳して書いてそういう趣味もあった。キルゴアトラウトと非公式のラップミックステープを録音したうわさもある。
ある日英文学を専攻しているトモさんがうまいトマトを持ってお釈迦さんが済んでいるシロナガスクジラに旅行した。可愛いウミガメで旅行した。
お釈迦さんと会った時うまいトマトを持ってこういう話をした。
「お釈迦さん、お釈迦さん、可愛いお釈迦さん、日本文学と英文学の違いの対してどんな印象を持っていますか?」
「ほほほ。果物はうまい!」
「お釈迦さんー」
「果物はうまい!君もうまい!」

-スックくん

心に残る事

読もうぜ!最近、本を読む人の数が少なくなってきます。これはアメリカの問題たけではなく、日本の問題でもあります。僕はどうしてみんなの読む本を読む機会少なく読む理由は分からないけど考えた理由は三つあります。一つの理由は本を読む関心がなくなっているからです。近頃、人々はインターネットや映画を観て過ごします。読書は時間がとてもかかる。だから読書をする事によって、他の自分がやりたい事ができなくなってしまう事だってある。所有時間が少ない映画やインターネットがあるからこそ人々は本に時間を費やす事が少なくなっています。その三、お金。図書館から本を借りれなければ読むのはとても贅沢な趣味です。例えば僕は本を借りるのではなく、買う方が好きです。けれども本を買ってばかりでいると、とてもお金がかかってしまう。以上の三つの理由が現代の人々が本を読まない理由です。

-ビクターヘルトン

日本の作家は何でしょう?



私が日本の文化について知っている一つは、日本たちは他の文化から何かを取ると日本的なことを作れます。だから私が日本文学を読んでいる時、多くの西洋の影響があると私はびっくりしません。例えば、ニューヨーク·タイムズ紙とのインタビュー(英語)で村上は「アメリカの文化は私の体に染み付いてなった」と言いました。明らかに村上春樹がアメリカ文化に影響されます。一方、多和田葉子は欧州(具体的にはドイツ)文化に影響されます。
クラスでは、私たちが「日本の作家であるの意味は何でしょうか」と議論しました。これは私が疑問に思いました。言語以外の、自分の書き込みに本質的に日本的のことはありますか。 これも「現代」日本の作家について何を暗示するのでしょう? 西洋の書き込みに影響されているので、作家は「現代」ですか。 多分に影響されることは、日本スタイルの一部でしょう?この質問に対する簡単な答えを見つけるのは難しいそうです。しかし、私は、日本文学を読みながら、心に留めておくべき最も重要な質問だと思います。
ドレイ・マッケンジー

2012年10月8日月曜日

言語はどこにあるんでしょう


最近、言語がどこにあるかよく考えています。多和田葉子さんが胃の中にあると言いましたが、違う所にあると思います。正直、目か肌か心か頭かどこにあるかはっきり分かりません。一週間か二週間前に、私は日本から帰ってから初めて日本人と話しました。五分だけ話しました。その後で、私はすぐ昼寝して、夢を見ました。アメリカに帰ってから、私が英語での夢を見ましたが、今度は日本語での夢でした。
寮の部屋で、たくさんの日本人が入って、座りました。その日本人が日本語ハウスに引っ越すことについてのミーチングでした。私の部屋は現在と違って、広かったです。本当にたくさん日本人が入りました。どこ寝るか心配しました。急に、私はベィスティト通りに立っていました。京都のプログラムの親友達と話していました。その時、京都で一緒に授業を取ったひろきさんが訪れました。しかし、すごく変ですが、ひろきさんはスキューバの服を着ていました。でも、夢で私は「変な人だ」と思いませんでした。「スキューバの授業を取っているの」を聞いて、「いいえ、僕の臭味だ」と答えられました。急に、私は建物の中にいました。私はワンピースのルフィでした。そして、冒険をしました。悪い国王と戦いました。でも、試合が終わる前、起きてしまいました。
その夢は多分深い意味がないでしょう。しかし、夢の後で、「どうして日本人と五分の会話で、夢が日本語になったんだろう」と考えていました。「胃じゃなくて、言語は夢にあるかな」と思いました。不思議ですよね。
レベッカ・ガブリエル

キッチンについての印象


  本当に吉本バナナの「キッチン」が好きでした。英語のPDFの終わりまでだけ読みましたが、読んだ部分を楽しみました。主人公がまだ若いのに時々人生や孤独について深い思考を述べるし、面白い性格があるし、とても好ましいキャラクターだと思います。本がとても好きだったから映画を見ることに楽しみにしたけど、やっぱり本の方が好きです。本ではみかげが少し自閉的な性格があるそうですが、映画ではもっと穏やかな人だそうです。みかげはもっと元気なキャラクターだと思いました。そして本ではみかげがえり子のシュールな美しさを再々強めるから、映画のえり子さんの格好も面白かった。本俳優は上手でしたが、明らかに男でした。映画も好きでしたが、本のイメージと雰囲気に少し合いませんでした。


サマンサ・リー

初めての短編小説

 一番最初の授業ではエリオット先生が生徒達に日本小説に対しての印象を聞きました。その時私は皆の印象にほとんど同意しました。日本の小説をあまり読んでなかった私にもなんだか知らないけど、日本の小説は悲しい終わりが多くて、静香で、川水の流れ音みたい穏やかな感じがすると自然に思いつきました。はっきりは分からないけど、それは日本語自体の文法とか単語のせいだと思っていました。で、それは村上春樹さんの短編を読む前でした。私が2つの短編を読んだ後思ったのは:

1。村上春樹と言う作家はアメリカの影響を受けた(大衆的)な日本作家と言う事。
村上春樹さんは日本作家としてまるで新しい言葉を作ったような気がしました。最初は日本で彼のスタイルがあまりにも変わっていたので認定されませんでした が時間が超えて,アメリカ、ヨーロッパとかでの国際的な成功を尽くした彼は最後には絶対に認定されたと思います。国境を越える作家になったのです。 

2。カタカナ言葉を使うと重かった雰囲気がさらに軽くてモダンな感じになる事。 
 私が初めて村上春樹さんの小説を接したのは高校の時でした。その時は本を英語で読んだので村上さんの文体とか声がはっきり分かりませんでした。でも,日本語で作品を読んだら村上さんの文体がもっと明らかに現れていると思いました。翻訳された時には彼の特有な声が少しは消えるかも知れないと思いました。今後,日本語で短編を読んだ後その短編に入り込んでいるカタカナ言葉に気がつきました。そのカタカナ言葉は作品の中で光っていて、そのあらすじの流れをサポットしている感じがしました。また、軽くなった文体は音楽のようにリズミカルだと思いました。

3。最後には、村上春樹さんの作品はなんだか読みやすい感じがして,あっと言う間に読者を引き込む力がある事。

他の日本作家達に比べると村上さんは感じが少なくて、カタカナ言葉が多いのでずっとアメリカ教育を受けている私には読みやすい感じがしたのです。また,村上さんは作品の中で登場人物達の会話を分かりやすく「彼が言った,彼女が言った、。。。が思った」を使っていて,文体自体がコロキアルだと思いました。

読者を引き込む力は読者達に入られる空間を作っているからだと思いました。エリオット先生のレクチャに言って先生達の会話を聞いて私も考えつけた事なんですけど、村上さんは読者が読み始めたとたん本の筋を第三者として観察出来るように空間を作っている事でした。

皆さんは村上春樹さんが大衆的な作家だと思いますか?
また村上春樹さんの英語と日本語の本を読んだ人たちにはどっちがもっと作家の文体を現しているのか聞いてみたいです。


 ー伊藤恵璃 

2012年10月1日月曜日

面白い話


先生が授業で紹介してくれる作品等はみんな独特な個性が目立ちます。特に私が気にいったのは、村上春樹の「1963年のイパネマの娘」、と川上弘美の「スナック愛」です。その他では、多和田葉子に関するインタビューも面白かったです。
村上春樹の「イパネマの娘」は歌のように聞こえて、とても魅力的でした。最初の文書でこの歌のようなリズムが聞こえて、もっとこの話について知りたくなりました。区切る方は本当にスマートで、読み始めてからすぐにリズム感が分かりました。
川上弘美の「スナック愛」は最初読み始めたとき、自分がスナックの意味を間違ってると勘違いしました。次に思った事は、この話に出てくるおばさんはマイペースだな、でした。でもそれがこの話の面白さだと分かりました。最後の「おばさんがどうやって生計をたてているかは、謎である。」は良い終わり方だと思いました。最初から最後まで疑問が飛び交う話でしたけど、逆にこうゆう終わり方じゃないとこの話に合いません。

ー金沢 萌